スタッフ紹介

院長:土井 亮介(どい りょうすけ)

院長:土井 亮介(どい りょうすけ)

資格
鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師

初めまして。
土井治療院 院長の土井亮介です。
当院は「もう改善しないかも…」とあきらめかけた方が最後の頼みとして通う施術院です。

私は、「良い」と言われる施術技術があれば、北は北海道から南は九州までどこへでも足を運びます。
臨床経験は19年ですが、その中で鍼灸・整体・気功・波動療法・エネルギー療法などさまざまな技術に磨きをかけてきました。

セミナーに掛けた総額は2000万円以上。
今でも絶えず技術の追求をし続けています。
これもすべて、あらゆる不調を改善へと導くためです。

どこへ行っても改善しない症状をお持ちの方は、ぜひ当院へご相談ください。

鍼灸・スポーツマッサージ・整体を始めた理由

高校時代、横浜商業高校(通称Y校)に入学し、硬式野球部に入り、甲子園を目指して野球に没頭していました。

子供の頃からの夢は「プロ野球選手になる」ことでしたが、名門高校で三年間野球をやってみると、自分の実力を知ることになり、将来、他の道を探していました。

野球部時代に私自身も、たび重なる怪我で満足にプレーができない日々が続いたことから、今後はスポーツ選手の体のケアをする仕事に就こうと思い、18歳で埼玉東洋医療専門学校(鍼灸科)に入学しました。

当時はまだ18歳で、鍼灸の専門学校もあまり多くなく、学校の先生や両親からは「大学に行ってからその先に専門学校へ行くか考えれば良いのでは?」と言われていましたが、私自身、「若いうちから一流の施術家になる」のが新たな目標だったため迷わず高卒で入学を決めました。

専門学校時代

現在、鍼灸師は国家資格のため、三年間たくさんの知識を学び、国家試験を受け合格しなければなりません。

在学中にはツボなどの東洋医学から、解剖学、生理学、リハビリテーション医学、関係法規など医者や看護師などが勉強する西洋医学の知識まで三年間、臨床に必要な知識をみっちりと学びました。

専門学校在学中に、学校の実技の授業だけでは、卒業後すぐに施術のできる技術は身につかないと考え、名人鍼灸師やスポーツマッサージの先生の元へ修業を行くことにしました。

師匠達との出会い

弘明堂治療院 坂井順資氏に師事(弟子入り)

初めて弘明堂治療院に訪れた時には、毎日いらっしゃるご来院者様の数に驚かされました。

約40人近くのお客様がいらっしゃっていて、肩こり、腰痛、膝痛などはもちろんのことパーキンソン病や癌などの難病、また病院では診断名のつかない体の不調までありとあらゆる症状のお客様がいらっしゃっていました。

坂井先生の施術法は、お客さんの体質や症状などによって鍼(はり)の太さや深さ本数をそれぞれ変えて行う「その方のみに適したオーダーメイド施術」でした。ですから、髪の毛の太さぐらい細い鍼(はり)をほんの数ミリしか刺さない人もいれば、太くて長い鍼(はり)を5,6センチ刺す時もあります。お客さんによって鍼の刺激量を変える技術は熟練した触診力(お客様の体に触れ様々な情報を得る力)が必要になります。

坂井先生は弟子の育成にとても熱心な先生で、数多くのお客様を触らせてくれる機会をいただいたことで、今日このような技術を習得することができました。

私の鍼施術は現在でも、お客様の体質や症状に合わせたオーダーメイド施術をメインに行っております。

モリタ治療院 森田雄一氏に師事(弟子入り)

弘明堂で鍼(はり)施術を修業する傍ら、スポーツ障害やスポーツマッサージの技術の向上も図りたいと思い、格闘技団体リングスの元トレーナー森田先生にスポーツマッサージの技術を教えていただきました。

森田先生のスポーツマッサージは、筋肉の疲れをほぐすのみではなく、ぎっくり腰やテニス肘、野球肩、椎間板ヘルニア、ねんざなどあらゆるスポーツ障害を手技のみで施術をおこなう方法でした。

森田先生は、スポーツ障害の施術でとても有名な名古屋の先生の一番弟子で、その先生から教わった技術を実践していました。

森田先生から教わった技術のおかげで、私の得意な症状は「スポーツ障害」と自信を持って答えられるようになりました。

西村治療院  西村太一氏に師事(弟子入り)

専門学校卒業後も坂井先生、森田先生の元にも引き続き修業に通っていましたが、坂井先生の紹介でスポーツ鍼灸を得意とする西村先生の元へも弟子入りしました。

施術院には箱根駅伝ランナーなど多くの現役スポーツ選手が通っていました。
西村先生の施術の中でも「運動鍼」という鍼(はり)を刺したまま関節や筋肉を動かす施術法はとても即効性があり、まさに目から鱗の施術法でした。

現在の私のスポーツ障害に対する施術法は、森田先生から教えていただいたスポーツマッサージと西村先生から教えていただいた鍼(はり)施術をメインにおこなっています。

弘明堂の坂井先生からいただいた素晴らしい言葉があり、今でも大切にしている言葉があります。

「土井君、君は施術家にとても向いている人格をしている。でもそれは君がすごいんじゃないよ。
君を育ててくれた両親や兄弟、友達や恩師の方々が土井亮介という人間を作ってくれたのだから、そうゆう人たちへの感謝の気持ちを忘れてはいけないよ

この言葉をいただいてから、今まで出会ったすべての人たちとの出会いを大切にしようと思いました。

また、お客様一人、一人との出会いも大切にしようと思っております。
言うまでもなく「施術家・土井亮介」を作ってくださったのはこの三人の師匠です。

私は三人の師匠に対し心から感謝の気持ちでいっぱいです。

就職活動!?

実は、私はこの業界に入ってから就職活動をしたことはありません。専門学校卒業後もまだまだ師匠達から学びたいことが多かったため午前中は施術技術の修業。午後は専門学校時代から働いていたスポーツクラブ内施術院での施術と親の友人などから往診施術を始めました。

師匠から、「自分のお客さんを持ち、自分で考え、自分で実践し、自分で悩み、自分で苦しみ、自分で改善に導いてあげないと施術の上達はない」と言われていたので、午前中に修業し、午後からは自分のお客様を施術する日々を送っていました。

しかし、施術技術というのは一朝一夕で身に着くものではなく、学校卒業直後は失敗の連続でした。(当時のお客様、本当に申し訳ありません)
一人の師匠からも厳しい一言を言われたこともあります。
「土井君の施術は5000円取ってるの?その価値ないよね」

元々体育会系で負けず嫌いなため、施術がうまくいかず、改善しないと悔しくて眠れないことも多々ありました。「もっと施術がうまくなりたい」毎日このことばかり考え、日々修業、日々施術の毎日を送っていました。

再び専門学校へ

私の免許は「鍼灸師」の免許であったため、せっかく高度なスポーツマッサージを森田先生から教えていただいたのに実践で使用できなければもったいないと思い、再び「あん摩・マッサージ・指圧師」の免許を取得するため「長生学園」専門学校へ入学しました。

私は、森田先生からスポーツマッサージの技術は学んでいたので、学校を選ぶ段階で、「あん摩・マッサージ・指圧師」の免許を取得できると同時に「長生医学」という背骨の矯正を中心とした整体術を教えてくれる学校を選びました。

長生学園に入学したのは「あん摩・マッサージ・指圧師」の免許の取得が第一の目的でしたが、長生の整体術はとても効果的で、今まで磨いてきた施術法にプラスすることでさらなる施術技術の向上につながりました

また、長生学園の学園長の「より医学部に近い授業を」という考え方から講師にいらっしゃる先生方は、有名大学病院の教授、名誉教授の方がずらりと並んだ講師陣でした。ですから他の専門学校の授業の内容よりかは少し難しい内容だったかもしれませんが、現役で活躍されている教授たちの講義はとても魅力的でした。

長生学園で学んだ「長生医学」という整体術、そして素晴らしい講師陣に教えていただいた授業は、「もっと施術技術を上げたい」と日々考えていた私にとってとてもマッチしていて、毎日充実した学生生活を送ることができ、卒業時には首席で卒業することができました。

午前中に専門学校へ行き、昼から深夜一時頃まで往診施術やスポーツクラブ内での施術をする日々を送っていました。

周りのみんなからは、「無理しないほうが良いよ」とよく言われましたが、高校時代の野球部での生活を考えれば高校卒業後の生活は辛いと感じたことが一度もありませんでした。

長生学園卒業後は、自宅開業兼往診施術と東急系列のスポーツクラブアトリオドゥーエ碑文谷の中にある施術院で施術をおこなっていました。

新たな技術を習得すべく全国からお客様が集まる中医師・翁猛進先生の施術院「翁鍼灸治療院」でも非常勤スタッフとして働かせていただき翁先生からもたくさんのことを学ばせていただきました。

いざ本格開業へ

今までは自宅兼治療室であったり、往診をおこなったり修行にいったりと鍼灸の専門学校時代から合わせて約14年間技術を磨いてきました。自宅の治療室はベッドが一台しかなく、予約も取りづらい状況になってしまったため、スポーツクラブの施術、往診などを辞めてセンター北駅徒歩1分の所に「土井治療院」を開院しました。

ありがたいことにセンター北にオープンしてからさらに患者さんの数は増え、1年半後に分院である「足の痛みの治療院」をセンター北駅徒歩30秒の所に開院致しました。(さらに30秒駅に近づきました。笑)

更なる高みを目指して

今現在も更なる高い技術を目指して、良いと言われる治療技術があれば北は北海道から南は九州まで飛び回って学んでおります。毎年数百万円は投資をしています。

・真体療術

・BRM療法

・整動鍼

・アキュゾーンセラピー

・新医学研究会

・無形エネルギー療法

・イネイト活性療法

・ニューライフリメディ

・アクシスメソッド

・山本操法

・REX式

などなど鍼灸治療から整体治療、エネルギー療法、波動療法などあらゆる治療を学びより良い治療を患者様に提供しようと日々努力し続けています。

私は「鍼治療が一番」「整体が一番」「○○療法が一番」などとは考えていません。患者さんが治ればそれに越したことはなく、そのために治療家が努力するのは当たり前のことと思っています。それは「プロ」だからです。

プロ野球選手がファンを喜ばすために毎日素振りをしたり努力するのはプロフェッショナルだからです。

治療家も同じです。患者さんに喜んでもらうには毎日努力する必要があり、この先も努力し続け、一人でも多くの患者さんに喜んでいただきたいと思っています。

これから目指すべき施術は?

20代は「もっと施術がうまくなりたい」と日々そのことばかりを考えて努力を積んできました。

現在は、その気持ちが形となって現れ、多くのお客様の期待に答えられるようになりました。

しかし、まだまだ施術の追及は続きます。(おそらく一生続くものと思われます。)
私は、この道に入ってから一つの目標を持って施術を行ってきました。それは

「人の人生を変える施術がしたい」ということです。

こう聞くと「何を生意気な・・・」と思う方はいるかもしれませんが、大それた意味ではなく、私の施術により皆様が抱えているお身体の痛みや不調が取り除け、人生がより楽しく進んでいくようお手伝いさせていただければ幸いと思っております。

皆様の人生がより楽しくなるようさらに技術を上げ精進してまいりたいと思います。

柳井田 宏典(やないだ ひろのり) 

柳井田 宏典(やないだ ひろのり) 

資格
鍼灸師
特技
キャベツの千切り
最近気になる事
猫の飼い方

施術家を目指したきっかけは何ですか?

施術家を目指したきっかけは何ですか?

中学、高校と陸上部で長距離をしていました。目指すは箱根駅伝!と夢に向かい明け暮れていたところ、腰痛を患ってしまいました。
数多くの整形外科や評判の良い治療院に行き施術をうけましたが、原因不明で良くなることはありませんでした。
その状況を見かねた先生から鍼施術は興味はないか?と尋ねられ、治るならと縋る思いで施術をうけました。
結果、今までのどの施術法よりも効果があり競技に復帰することができましたしかし、怪我の為に競技から離れすぎて結果が残せなかったことなどの理由で夢である箱根駅伝を諦めました。
それと同時に、自分を助けてくれた鍼灸施術で同じ様に怪我で悩んでいる選手を手助けできたらと思い「施術家」の道を選びました。

どんな思いで施術にあたっていますか?

自分の体験をもとにお客様に寄り添い、痛みや苦痛を取り除くのは勿論のこと、不安な気持ちや悩みも解決できるよう心がけております

具体的に今後、どのような施術家になりたいですか?

具体的に今後、どのような施術家になりたいですか?

さらなる技術の向上、圧倒的な技術を身につけ最短で施術すること。また寄り添うだけではなく、一歩先から皆様を引っ張っていける施術家。一人でも多くの方を健康にすることで、そのご家族も幸せになり、如いては日本を世界を幸せにする施術家

経歴を聞かせてください。

高校卒業後は花田学園・鍼灸科へ進学いました。学校の勉強も覚えることがたくさんあり、大変でしたが、週に数回の実技練習だけでは到底鍼灸師としての技術は身につかないと考え、自分が腰痛でお世話になった西村治療院の西村先生の元へ弟子入りをしました。

最初にこの道に進もうと先生に相談したところ「厳しい世界で思っている以上に大変だから、止めた方が良い。」との返答でした。
しかし、私は頑固なところもあり、どうしても「学ばせて欲しい」と懇願し学ばせて頂きました。実際にやってみると先生の仰っていた通り、とても厳しいものでした。

技術は勿論ですが、お客様が何を言わんとしているのか、何を求めているのか、どうしたら心地よく施術をうけられるのか、そういった気配りも出来ないと優れた施術家にはなれない

それらの教えを西村先生から学ばせていただき、理解し習得することが一番難しいことでした。しかし、西村先生に厳しくも愛情あるご指導をいただいたお蔭でお客様に喜んでいただける施術技術が身に付いたことは間違いありません。

また私も含めランナーには有名な治療院でしたので、箱根駅伝で活躍する陸上部の方も多数来院しており、ランナー疾患をより詳しく学ぶことができました。

【これまでの施術歴】

専門学校を卒業と同時にお世話になった治療院を退職し、都内の鍼灸接骨院へ勤務しました。

「自分が学んできたことを活かしたい、活かしてみたい。」との思いで鍼灸接骨院へ就職しました。
こちらでは、接骨院でしたので、捻挫や突き指、骨折の後遺症などの方が多く、急性障害、急性外傷の施術経験をとても多く学べました

その後、再度お世話になった西村治療院へ就職いたしました。
その傍ら西村先生の大元の師匠、弘明堂の坂井順資先生のところへも修行に行きました。

西村治療院を離れ、実際に自分のお客様を整骨院で鍼施術をおこなってみると、助手として施術の補佐をするのと、実際に自分が担当するのとでは雲泥の差がありました整骨院でもとても多くの臨床経験が積めましたが、経験が増えると同時に「もっと西村先生の技術をしっかりと自分のものにしたい」という 思いが強くなり、再び修行も兼ねて就職しました。

また、西村先生の師匠である坂井先生の下でも勉強を始めました。
坂井先生の治療院では内科、婦人科、小児科、難治性の症状を得意としていましたので、今までどちらかというとスポーツ系疾患をメインに勉強していた私にとっては、鍼灸施術の幅を広くすることができました

そして現在土井治療院と東急スポーツクラブにて施術

再び学び直すことができ技術も自信も増したところ、御縁あって土井治療院と東急スポーツクラブでお世話になることになりました。

土井治療院もスポーツクラブの治療室も、スポーツ疾患、整形外科的疾患の方が多く、今まで学んできたことを生かし施術をさせていただいてます。

こうして今の施術家の自分がいるのも、多くの方の支えがあってのことです。
施術家として社会の歯車の一片を担えるのも先生方然り、皆様のおかげです。
烏滸がましいですが、その感謝の思いを施術という形で恩返しをさせて頂ければ、また御恩忘れず、少しで多くの方の悩みを解決したいと思っています。

自分を一言で表すと?

まっすぐな人

これから来院する皆様へ一言。

痛み、辛さが取れたら何がしたいですか?どんなことに挑戦してみたいですか? どんな生活を送ってみたいですか?辛さ症状を緩和するだけでなく、健康になった先にあるその希望を叶える為、誠心誠意、施術をいたします! どうぞ、お気軽にご相談してください。

永松 裕司(ながまつ ゆうじ)

永松 裕司(ながまつ ゆうじ)

資格
鍼灸師
出身地
伊勢原市
特技
バレーボール

施術家を目指したきっかけはなんですか?

施術家を目指したきっかけはなんですか?

私は高校生までバレーボールをやっていました。将来はスポーツの仕事に関わりたいと思い、高校卒業後はスポーツトレーナーの学校に入学しました。専門学校在学中、バレーボールをしていた頃から悩まされ続けていた腰痛がさらに悪化してしまい、授業中座っているのが辛く勉強に集中できない状態にまでなってしまいました。

当時学校の講師で鍼灸師としてスポーツ業界で活躍されている先生に施術していただき劇的に腰痛が改善しました。その時の経験から「鍼ってすごい!!自分もこの先生のように怪我で悩む選手を治したい!!」と思ったのが鍼灸師を目指した大きなきっかけです。

どんな思いで施術にあたっていますか?

お客様の生活に笑顔が生まれる」このことを第一に考えて施術にあたっています。

そのためには、体の痛みを緩和させるのはもちろんのこと、お客様が抱えている様々な悩みや不安を少しでも解消できればと思って施術にあたっています。

具体的に今後はどんな施術家になりたいですか?

具体的に今後はどんな施術家になりたいですか?

「出会い」を一番大切にし、日々成長する施術家になりたいです。

仲間との出会い、土井治療院の方たちとの出会い、お客さまとの出会い 他にもたくさんありますがたくさんのご縁が結ばれて今の自分が在ると思っています。 これから出会うたくさんの人たちとのご縁を大切にしていきたいと思います。 そして、私と施術を通じて出会ったお客様に「永松先生と出会えてよかった」と言ってもらえるような施術家になりたいとおもっています。

高校卒業後の経歴を聞かせてください。

高校卒業後の経歴を聞かせてください。

高校卒業時までバレーボール部に所属していました。 高校2年生の時に練習中に足首の捻挫をしてしまいました。その時は何の知識もなくただ湿布を貼り腫れが引くのを待っていただけでした。 中々腫れが引かず歩く事すらままならない日が続きましたが、練習も長くは休めず、痛いながらも練習を続けていると更に腰を痛めてしまうという悪循環を繰り返していました。

怪我をする→なかなか治らない→早く復帰しなくてはと焦る→痛いのに無理して練習をする→また他の怪我をする。私が高校時代歩んできた悪循環です。実はこの悪循環に陥ってしまう選手はすごくたくさんいることを知り、ちゃんと身体のケアや予防を学び、私のように怪我で苦しむ選手を少しでも減らしたいと思い高校卒業後はスポーツトレーナーの学校に通いました。

そこではトレーニングの基礎知識やテーピング、スポーツ生理学、スポーツ心理学など様々なトレーナーとしての基礎を学びました。

学校でトレーニングや体のことを勉強する過程で、より医療に近い分野も勉強したいという思いが芽生えてきました。

そんな時にバレーボールをしていた頃から悩まされ続けていた腰痛がさらに悪化してしまい、当時学校の講師で鍼灸師としてスポーツ業界で活躍されている先生に施術していただき劇的に腰痛が改善しました。その時にこれだ!!!!と感じ専門学校卒業後、続けて湘南医療福祉専門学校の鍼灸科へ入学しました。

鍼灸の専門学校に入学当初はスポーツチームのメディカルトレーナーになりたいと思いながら勉強していましたが、在学中自分の祖母が腰が悪く、外出が難しくなっていく姿をみて外に出たくても出れない高齢者の方の施術をやっていきたいという思いが強くなりました。鍼灸師の資格取得後は在宅施術を主にやっている会社に入社し高齢者の方の施術を行っていました。 何もかも初めてで思うようにいかないことの方が多かったのですが、今ではお客様に家族のように接していただき楽しく施術を行っております。

在宅施術の仕事もとても楽しくおこなっていましたが、私が鍼灸師を目指すきっかけとなった怪我で苦しむ選手の怪我を治したい!という信念が捨てきれず、縁あってスポーツ選手の施術をたくさんおこなっている土井治療院で働かせていただくことになりました。

在宅施術の時は一日数名ゆっくりと施術をおこなうスタイルでしたが、土井治療院では、私が入った当月から一日20名以上のお客様を院長と二人で施術しなくてはなりませんでした。

今までの環境とは全く違う環境に初めはミスが多く「私では続けられないのでは・・・」という気持ちも芽生えましたが、「ここで踏ん張って頑張れば必ず成長する!」と毎日自分を鼓舞し、現在まで頑張ってきましたおかげさまで今では一日20名だと「今日は暇だったね」と院長と話せるくらい成長しました。

一言で自分を表すと?

癒し系?と言われることが多いですかね!笑
自分ではそうは思いませんが、院長や熊切先生などに聞いたらそう言われました。

これから来院される方に一言

さまざまな事がものすごいスピードで忘れられ、失われていく現在ですが 健康」は何時の時代もなくてはならないものです

皆さまの毎日を笑顔で健康に生活できるよう精一杯サポートさせていただきます 今ある身体の悩み一度ご相談ください。

熊切 愛香(くまきり あやか)

熊切 愛香(くまきり あやか)

資格
鍼灸師
趣味
海外旅行
最近気になること
息子の成長

施術家を志したきっかけは何だったのですか?

施術家を志したきっかけは何だったのですか?

留学先の大学選びをしてる時に、中医薬大学を見つけて「コレだ!と思いました。漠然と中医師に憧れ、東洋医学に興味が沸いたのがキッカケです。

どんな思いで治療にあたっていますか?

出会った全ての人に、今よりハッピーな人生を送って欲しいと思っています。元気があれば何でもできる!ということでみなさんが元気になれるためのお手伝いをさせて頂きたいです。

具体的に今後、どのような施術家になりたいですか?

具体的に今後、どのような施術家になりたいですか?

老若男女、みなさんが抱える様々な症状を改善したいのはもちろんですが、自身が出産を経験をしてからは、特に、妊活中の方や出産を控えて不安を抱える妊婦さん、子育て中のお母さんやお孫さんの面倒に忙しくされている方など、世の中すべてのお母さんにとって何でも相談できる身近な存在の治療家ありたいと思うようになりました。

高校卒業後の経歴をきかせてください。

高校卒業後の経歴をきかせてください。

大学受験に失敗して、高校で選択していた第二外国語の中国語をマスターしようと中国留学しました。そこで鍼灸師になろうと思ったのですが、残念ながら日本では日本の学校を卒業し国家試験に合格しなければ治療ができないことがわかりました。そして、上海財経大学に4ヶ月、北京語言文化大学に1年の語学留学を終え帰国。帰国後は貿易会社に勤めていましたが、もっとたくさんの人とコミュニケーションがとりたくて、オーストラリアに半年間留学しました。帰国後、英語を活かした仕事がしたいと日本企業のベトナムホーチミン支店で営業をしていました。毎日忙しく、充実した日々でしたが、鍼灸師なる夢を諦めきれず帰国して専門学校に入学しました。はり師、灸師の国家資格取得後は筑波大学理療科教員養成施設の理療臨床部で研修を受け、濱田淳先生に師事しました。濱田先生は、運動器疾患だけではなく内臓疾患の治療も得意とされており、知識も技術も圧倒的な先生でした。研修中は多数の学会や勉強会に参加させて頂きましたが、ある学会で偶然以前から知り合いだった土井亮介先生を見つけて声をかけたのがきっかけで、現在は土井治療院で土井先生に師事しています。

一言で自分はどんな人間ですか?

スーパーポジティブです!!周りからもよく言われています。

これから来院する皆様に一言

鍼が初めての方もそうでない方も、怖い方も大好きな方も、お気軽にお問い合わせ下さい。
出会ったからには全力でサポートします!!

網谷 将仁(あみや まさひと)

網谷 将仁(あみや まさひと)

資格
鍼灸師 栄養士
趣味
読書
出身地
東京都

施術家を目指したきっかけは何ですか?

施術家を目指したきっかけは何ですか?

元々、フィットネスネスセンターで運動や食事面のアドバイスなどを通じ、皆様の健康のサポートをさせて頂いてました。
その中で、痛みがあることによって運動が出来ない、身体の不調により日常生活にも支障が出る方などを目の当たりにし、少しでもやりたいことが出来るようになって頂ける様になりたいと考え、施術家を目指しました。

どんな思いで施術にあたっていますか?

今の状態が少しでも改善され、やりたいことが出来るようになって頂きたいと思い施術に当たってます。
痛みの緩和・改善だけに施術を進めるのではなく、痛みやケガ等を起こりにくい様にやりたいことがやり続けて頂ける様に進めております。

具体的に今後はどのような施術家になりたいですか?

こちらの一方通行の施術ではなく、患者様とのコミュニケーションを大切にし、相手の望む状態、やりたいことが出来る、やり続けることが出来るようにサポートできる施術家になりたいと考えております。

高校卒業後の経歴をきかせてください。

高校卒業後、社会体育専門学校に進学し、主に運動を通じて健康に関することについて勉強してきました。
二年次の夏季休暇を利用し、スポーツ医学や栄養学やトレーニング科学等について学んできました。当時、栄養学の授業がとても印象深く、より深く栄養学について学びたいと考え、卒業後、栄養課程の専門学校に進学しました。
卒業後、栄養士免許を取得し、フィットネスセンターで運動や食事のアドバイスなどを行っておりました。実際に現場に立ち続けることにより、運動するにも痛みがあり行えない、病院に行っても原因不明の身体の不調や痛みなど訴える方もいらっしゃいました。そのような方と接している時に「何か出来ることはないか?」と考えた時に東洋医学に辿り着きました。
その後、夜間部の鍼灸専門学校に進学しました。専門学校では三年間、解剖学や生理学、病理学など中心に人体に関する勉強をしてきました。国家試験合格後、鍼灸整骨院で経験を積み、現在土井治療院で勤務させて頂いております。また、院内で行われる院長先生の技術研修時間を多く設けて下さり、常日頃、先生方と共に、技術や知識などを高める日々を送っております。

一言で自分はどんな人間ですか?

冷静と言われることがあります。

これから来院する皆様に一言

何かお困りのことや気になる事、お気軽にお話し下さい。皆様が心身ともに健康に過ごして頂ける様にサポートさせて頂ければと思っております。