「パーキンソン病では、脳に鉄がたまると聞いた」
「肉や魚など、鉄分を含む食べ物は控えた方がよいの?」
「貧血のために鉄剤を飲んでいるけれど、大丈夫?」
このような疑問を持つ患者さんやご家族もいらっしゃるのではないでしょうか。
まずお伝えしたいのは、パーキンソン病で研究されている「脳内の鉄蓄積」と、食事で鉄分を摂ることは、同じ意味ではないという点です。
鉄は体に必要な栄養素です。一方、脳の特定の場所で鉄の量や扱われ方が変化すると、神経細胞への負担に関わる可能性が研究されています。
この記事では、その仕組みと、食事・サプリメントについて知っておきたいことを分けて解説します。
パーキンソン病では、脳のどこに鉄がたまる?
パーキンソン病では、脳の「黒質」という部分にある、ドパミンを作る神経細胞が減少します。ドパミンは、動きを滑らかに調整するために重要な神経伝達物質です。
黒質は健康な人にも鉄が存在する場所ですが、パーキンソン病の患者さんでは、鉄が増えていることを示す研究があります。
例えば、患者さん44人と健康な人31人を比較したMRI研究では、患者さんの黒質で、鉄を反映する磁化率という指標が高く、症状の重さとの関連も認められました。参考文献【1】
ただし、これは「鉄が多いことと症状が関連していた」という観察結果です。鉄の蓄積だけが原因で発症・進行することや、食事の鉄分が直接の原因であることを証明した研究ではありません。
鉄は必要なのに、なぜ神経細胞への負担になるの?
鉄は、血液で酸素を運ぶ働きや、細胞がエネルギーを作る働きなどに欠かせません。問題になるのは、鉄の存在そのものではなく、量・場所・化学的な状態です。
鉄を安全に扱う仕組みの変化
黒質の神経細胞には「ニューロメラニン」という色素があり、鉄などの金属と結びつく性質があります。
亡くなった方の脳を調べた研究では、パーキンソン病の黒質で、ニューロメラニンに関連した酸化還元反応の活性が高まっていました。鉄がどのような状態で存在しているかが、神経細胞の負担を考えるうえで重要であることを示す知見です。参考文献【2】
「脳に鉄がたまる」という言葉から、食べた鉄がそのまま黒質に積み上がる様子を想像しがちですが、実際には、脳内で鉄を結びつけ、保管し、利用する仕組みも関わっています。
酸化ストレスとの関係
鉄の一部は、過酸化水素などとの反応によって、反応性の強い活性酸素を生むことがあります。これが「フェントン反応」と呼ばれる反応です。
身近なたとえでは、鉄が火花を生むきっかけとなり、細胞を傷つける反応が広がるイメージです。ただし、体内のすべての鉄がこのように働くわけではありません。
黒質の研究では、こうした鉄の反応性と酸化ストレスが、神経細胞の傷害に関わる可能性が検討されています。参考文献【3】
「フェロトーシス」という細胞死
鉄が関わり、細胞膜の脂質の酸化が進むことで起こる細胞死を「フェロトーシス」といいます。
2016年の研究では、培養細胞・脳組織の培養・パーキンソン病モデルマウスを使い、ドパミン神経細胞の傷害とフェロトーシスの関係が示されました。参考文献【4】
これは治療法の開発につながる重要な研究ですが、患者さんが特定の食品やサプリメントを摂ることで、この細胞死を防げると証明したものではありません。
食事の鉄分を減らせば、進行を防げる?
現在の研究から、パーキンソン病の方が一律に鉄分を制限すべきとはいえません。
米国で男女約12万人を追跡した研究では、食事とサプリメントを合わせた鉄の総摂取量と、パーキンソン病の発症リスクとの明確な関連は認められませんでした。一方で、非ヘム鉄など、一部の摂取条件では関連が示唆されています。参考文献【5】
日本の症例対照研究では、逆に、食事からの鉄摂取量が多い人で発症との逆の関連がみられました。参考文献【6】
研究方法や対象が異なるため、どちらか一つの結果だけで「鉄は危険」「鉄を多く摂れば予防できる」とは判断できません。
また、これらは主に発症との関連を調べた研究であり、診断後に鉄を制限すると進行が遅くなることを示したものではありません。
脳内の鉄蓄積を心配して、肉・魚・豆類などを自己判断で大きく減らす必要はありません。体重減少や食事量の低下がある場合も含め、必要な栄養を確保する方法を主治医や管理栄養士に相談しましょう。
脳の鉄を減らす治療は有効なの?
鉄と結びついて除去を促す「鉄キレート薬」を、パーキンソン病の治療に応用する研究も行われています。
2022年に発表された臨床試験では、レボドパ未使用の早期患者さん372人を対象に、デフェリプロンという薬とプラセボを36週間比較しました。
結果は、薬を使用した群で脳内の鉄の指標は減少したものの、症状の評価点はプラセボ群より悪化しました。参考文献【7】
この結果は、鉄に関するすべての治療研究を否定するものではありません。しかし、「脳に鉄が多いなら、取り除けば症状が改善する」という単純な関係ではないことを示しています。
「重金属を排出する」「脳の鉄を取り除く」とうたう方法を、パーキンソン病の進行予防として自己判断で行うことはおすすめできません。
鉄剤・サプリメントとレボドパの飲み合わせ
日常生活で確認したいのが、鉄剤とパーキンソン病の薬との飲み合わせです。
患者さん9人を対象にした小規模研究では、硫酸鉄をレボドパ・カルビドパ配合剤と同時に飲むと、薬の血中への取り込まれ方が低下しました。鉄と薬が消化管内で結びつくことが、理由の一つと考えられています。参考文献【8】
これは、食事中の鉄分をすべて避けるという話ではありません。鉄剤や鉄入りのサプリメントを使用している場合は、商品名と服用時刻を主治医・薬剤師に伝え、飲み合わせを確認してください。
貧血などで処方された鉄剤は、自己判断で中止しないでください。 必要性と飲むタイミングを相談することが大切です。
土井治療院の考え方――「鉄の量」だけでなく、鉄を適切に扱える体内環境に目を向ける
土井治療院では、鉄の摂りすぎや不足を確認することに加え、「なぜ脳の特定の場所で鉄のバランスが崩れるのか」という背景にも目を向けています。
その背景として注目しているのが、腸内環境、慢性炎症、そして脳を守る血液脳関門(BBB)の働きです。
腸と脳の血管には、細胞同士の隙間を調節する「タイトジャンクション」という仕組みがあります。いわば、必要なものを選んで通し、不要なものの侵入を抑えるための「つなぎ目」です。
腸のバリア機能が低下して物質が通りやすくなった状態は、一般に「リーキーガット」と呼ばれることがあります。パーキンソン病では、腸の炎症やバリア機能の変化が報告されています。また、糖化によって生じるAGEsが、BBBのバリア機能に影響することも、細胞を用いた研究で示されています。
当院では、こうした腸・炎症・血管の変化が、鉄の輸送や細胞内での管理の乱れとも関係し、神経細胞への負担に関わる可能性があると考えています。単に「バリアが緩むと鉄が入り込む」という仕組みだけでなく、鉄を取り込み、利用し、保管する働きも含めて考えることが大切です。
そのため、食事や便通、睡眠、身体活動などを確認し、腸内環境や全身の健康を支える生活づくりも重視しています。
ただし、腸内環境を整えたり慢性炎症に働きかけたりすることで、患者さんの黒質への鉄蓄積を予防できるかは、まだ確立していません。これは、関連する研究を踏まえて当院が注目している仮説です。
脳神経内科での治療を継続しながら、症状だけでなく、その背景にある体の状態にも目を向け、日々の動きやすさと生活を支えていく。それが土井治療院の考え方です。
参考文献
【1】An H, Zeng X, Niu T, Li G, Yang J, Zheng L, Zhou W, Liu H, Zhang M, Huang D, Li J. Quantifying iron deposition within the substantia nigra of Parkinson’s disease by quantitative susceptibility mapping. J Neurol Sci. 2018 Mar 15;386:46-52. doi: 10.1016/j.jns.2018.01.008. Epub 2018 Jan 12. PMID: 29406966.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29406966/
【2】Faucheux BA, Martin ME, Beaumont C, Hauw JJ, Agid Y, Hirsch EC. Neuromelanin associated redox-active iron is increased in the substantia nigra of patients with Parkinson’s disease. J Neurochem. 2003 Sep;86(5):1142-8. doi: 10.1046/j.1471-4159.2003.01923.x. PMID: 12911622.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12911622/
【3】Faucheux BA, Martin ME, Beaumont C, Hauw JJ, Agid Y, Hirsch EC. Neuromelanin associated redox-active iron is increased in the substantia nigra of patients with Parkinson’s disease. J Neurochem. 2003 Sep;86(5):1142-8. doi: 10.1046/j.1471-4159.2003.01923.x. PMID: 12911622.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12911622/
【4】Do Van B, Gouel F, Jonneaux A, Timmerman K, Gelé P, Pétrault M, Bastide M, Laloux C, Moreau C, Bordet R, Devos D, Devedjian JC. Ferroptosis, a newly characterized form of cell death in Parkinson’s disease that is regulated by PKC. Neurobiol Dis. 2016 Oct;94:169-78. doi: 10.1016/j.nbd.2016.05.011. Epub 2016 May 14. PMID: 27189756.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27189756/
【5】Logroscino G, Gao X, Chen H, Wing A, Ascherio A. Dietary iron intake and risk of Parkinson’s disease. Am J Epidemiol. 2008 Dec 15;168(12):1381-8. doi: 10.1093/aje/kwn273. Epub 2008 Oct 21. PMID: 18945687; PMCID: PMC2727188.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18945687/
【6】Miyake Y, Tanaka K, Fukushima W, Sasaki S, Kiyohara C, Tsuboi Y, Yamada T, Oeda T, Miki T, Kawamura N, Sakae N, Fukuyama H, Hirota Y, Nagai M; Fukuoka Kinki Parkinson’s Disease Study Group. Dietary intake of metals and risk of Parkinson’s disease: a case-control study in Japan. J Neurol Sci. 2011 Jul 15;306(1-2):98-102. doi: 10.1016/j.jns.2011.03.035. Epub 2011 Apr 16. PMID: 21497832.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21497832/
【7】Devos D, Labreuche J, Rascol O, Corvol JC, Duhamel A, Guyon Delannoy P, Poewe W, Compta Y, Pavese N, Růžička E, Dušek P, Post B, Bloem BR, Berg D, Maetzler W, Otto M, Habert MO, Lehericy S, Ferreira J, Dodel R, Tranchant C, Eusebio A, Thobois S, Marques AR, Meissner WG, Ory-Magne F, Walter U, de Bie RMA, Gago M, Vilas D, Kulisevsky J, Januario C, Coelho MVS, Behnke S, Worth P, Seppi K, Ouk T, Potey C, Leclercq C, Viard R, Kuchcinski G, Lopes R, Pruvo JP, Pigny P, Garçon G, Simonin O, Carpentier J, Rolland AS, Nyholm D, Scherfler C, Mangin JF, Chupin M, Bordet R, Dexter DT, Fradette C, Spino M, Tricta F, Ayton S, Bush AI, Devedjian JC, Duce JA, Cabantchik I, Defebvre L, Deplanque D, Moreau C; FAIRPARK-II Study Group. Trial of Deferiprone in Parkinson’s Disease. N Engl J Med. 2022 Dec 1;387(22):2045-2055. doi: 10.1056/NEJMoa2209254. PMID: 36449420.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36449420/
【8】Campbell NR, Rankine D, Goodridge AE, Hasinoff BB, Kara M. Sinemet-ferrous sulphate interaction in patients with Parkinson’s disease. Br J Clin Pharmacol. 1990 Oct;30(4):599-605. doi: 10.1111/j.1365-2125.1990.tb03819.x. PMID: 2291872; PMCID: PMC1368251.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2291872/
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